乗鞍岳におけるミューオン強度の精密測定

多方向ミューオン計:

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図8:宇宙線を地上で観測する。宇宙線が地球大気と相互作用を起こしてできる二次粒子を観測する。 観測したいエネルギーによって低いほうから中性子計、地表ミューオン計、地下ミューオン計と使い分ける。 (拡大)


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図9:我々の観測に用いている宇宙線望遠鏡の例。ブラジル・サンマルティーニョに設置されている。 (拡大)

宇宙線風の観測データから、MFRと呼ばれる磁場構造の形状が導けることを示しましたが、それは我々が最も適当なエネルギーの宇宙線を観測しているためです。最初に述べたように、電荷を持った宇宙線は宇宙空間の磁力線の周りを螺旋運動します。この螺旋運動の旋回半径は、宇宙線のエネルギーに比例し、高い(低い)エネルギーの宇宙線ほど大きな(小さな)半径の円を描いて運動します。このことから、あるエネルギーの宇宙線風は、その旋回半径程度の磁場構造に最も敏感であることが期待されます。つまり、ある広がりを持った磁場構造があるとき、エネルギーの低すぎる宇宙線は構造よりはるかに小さな円を描きながら磁力線に巻きついて運動してしまい、その風は全体の大規模な構造を反映しません。逆にエネルギーの高すぎる宇宙線は、ほとんど磁場構造の影響を受けずに直進してしまうので、やはりその風は構造を反映しません。調べたい構造の大きさとちょうど同程度の旋回半径を持つ宇宙線の風が、もっとも観測に適しているのです。上で述べたように、MFRの地球近傍での大きさはおよそ0.2AU程度ですので、最適な宇宙線陽子のエネルギーは約50GeV程度になります。それでは、50GeVの宇宙線はどのようにして観測できるのでしょうか?

放射線(粒子線)の検出は、粒子が検出器内部の物質と起こす様々な反応を検知して行います。言い換えると、粒子が検出器内部に「落とした」エネルギーを信号に変換して検出するわけです。しかし、エネルギーの高い放射線は少量の物質中ではエネルギーのごく一部しか失いませんし、また失うエネルギーは平均的には粒子のエネルギーによらずほぼ同じ量になります。このため、高エネルギー粒子を選択的に検出するには物質量の多い検出器を用意する必要があります。そこで我々は、宇宙線が反応を起こす物質として地球の大気を利用し、地表に置いた検出器で検出する方法を採用しています(図8)。地球大気の物質量は、深さ約10mの水に相当します。宇宙から入射する宇宙線は、大気上層で大気中の原子核と反応を起こし、多数の電荷を持ったパイオン(図中のπ±)を生成します。パイオンのほとんどは、約40万分の1秒でミューオン(図中のμ±)とニュートリノに崩壊します。出来たミューオンもやがては電子(陽電子)とニュートリノに崩壊しますが、パイオンの100倍も寿命が長いため、かなりの数が崩壊せずに地表の検出器にまで到達します。我々はこのミューオンを地表の検出器で捕えるわけです。ミューオンはもともと高いエネルギーの宇宙線が起こす反応で出来た粒子ですので、「運動量保存則」により、ミューオンはもとの宇宙線の運動方向を忠実に保って検出器に入射してくることが分かります。つまり、ミューオンの入射方向がそのまま宇宙線の入射方向と考えて、ほとんど間違いありません。また、平均して単位時間当たりに多くのミューオンが入射する方向からは、宇宙線もたくさん入射して来ているはずです。こうした観点から、多方向ミューオン計と呼ばれる我々の検出器は、一箇所に置かれた装置で様々な方向から入射するミューオンを同時に計数できるように工夫されています。図9は我々の多方向ミューオン計の1例です。

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図10:観測エネルギーの分布。地表から深い地下までで観測される宇宙線のエネルギー分布を示したもの。 青⇒緑⇒橙⇒赤と地下深くなってゆくと共に、エネルギー分布のピークが高いほうへ変化しているのがわかる。 (拡大)

我々のミューオン計は、単位時間にある方向から入射するミューオンの個数を測りますが、個々のミューオンのエネルギーは測りません。物質を貫通する能力の高いミューオンは、ほとんどエネルギーを失わずに検出器を通過してしまいます。ミューオンのエネルギーをすべて検出器内で落とさせそのエネルギーを測るには、膨大な物資量を備えた検出器が必要になります。また、1個の高エネルギー宇宙線は同時に多数のパイオンやミューオン生成するので、例えその中の1個のミューオンのエネルギーが測れたとしても、親の宇宙線のエネルギーを知ることは出来ないのです。一方、個々の宇宙線のエネルギーは分からなくても、ミューオンが出来る大気上層と検出器の間の物質量から、親の宇宙線の「平均エネルギー」は分かります。例えば、海抜0mの地表に検出器を置けば、大気に相当する深さ約10mの水を貫通できる(あるいはそれ以上の)エネルギーを持ったミューオンを選択的に測ることができ、そのようなミューオンを生成出来ない低いエネルギーの宇宙線を、測定から排除することが出来るのです。さらに地下へ検出器を置けば、ミューオンが通過しなければならない岩盤の厚さに応じて、観測する宇宙線のエネルギーを調節することも出来ます。図10のグラフは、地表や様々な深さの地下に置いた検出器で観測できる宇宙線のエネルギーとその割合を示しています。このグラフのピーク・エネルギーが宇宙線の平均エネルギーですが、地表に置いた検出器でちょうど平均エネルギーが50GeV程度であることが分かります。このことから、我々はミューオン計を地表において宇宙線を観測しています(別の目的でより高い宇宙線を測るため、地下にもミューオン計を置いて観測しています)。



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