カンガルー実験
〜今年8月に提出された論文について〜

今回はこの共同利用研究の紹介の場をお借りして、今年8月に宇宙線研究所のカンガルーグループから提出された論文についてクローズアップしてみたいと思います。ただし、今回に関しては広報室にて編集した方が論文の内容であっても一般の方に分かりやすく出来るのではないかというご指摘があったため、試験的に広報室にて編集されたものです。論文の内容を解説した文章であるため、比較的内容が難しく感じられるのではないかと懸念しています。しかし前半は論文の内容というよりもカンガルー実験の紹介といった感じですので、一般の方にもご一読頂きたく思います。今後の参考にさせて頂きたいと思いますので、この試みへの皆様からのご意見ご感想をお待ちしております。

 

・そもそもカンガルー実験とは何か?


 カンガルー実験とは現在オーストラリアのウーメラという地域に建設された反射望遠鏡を用いて、宇宙より降り注ぐ宇宙線、その中でも高エネルギーのガンマ線(波長の短い光)を捉えるという実験です。

 

・ガンマ線を捉えると何が嬉しいのか?


 高エネルギーガンマ線は、宇宙空間を飛び回っている時に宇宙空間のダスト(宇宙空間に存在している様々な原子や分子など)によって散乱されにくいという性質を持っています。では散乱されにくいとどうなるのでしょうか?散乱されるということは、進行を妨げられるということ。つまり、散乱されにくい高エネルギーガンマ線は、進行方向を曲げられにくく直進しやすいという性質を持っているということになります。また、光は電気を帯びていないため、宇宙空間の様々な領域に広がる磁場(磁力線が存在する領域)によって進行方向を曲げられることがありません(電気を持った粒子に磁石を近づけると力を受けて進行方向が曲がります)。これらの事情によって、高エネルギーガンマ線を観測すると、どの方向にガンマ線源があり、元々どのくらいのエネルギーの天体現象によってそのガンマ線が放出されたかを理解することが可能となるわけです。

 つまり高エネルギーガンマ線を観測することで、宇宙のどこでどのような現象が起こっているのかを詳細に調べ、その現象がどのようなものであるのかを理解することがカンガルー実験のような高エネルギーガンマ線を捉える実験の目的となります。特に、超新星残骸などが強いガンマ線源となっていることが分かっているため、現在稼働中のカンガルーV望遠鏡は南半球の宇宙で新たなガンマ線源の発見などに向けて今現在も空を見上げています。

 また、高エネルギーガンマ線の観測は、宇宙線の起源の正体に迫ることが出来る可能性を持っています。宇宙線起源については様々な説がありますが、現在最も有力視されている説は超新星爆発が起源であるというものです。超新星爆発とは、星の寿命が尽きる最後に大爆発を起こしたもののことです。この説が正しいとするとどのようなことが起きていなければならないのか?超新星爆発で宇宙線が加速される機構は現在提案されている加速機構で本当に正しいのか?これらの問いに答えを与えうるのが高エネルギーガンマ線の観測実験であり、我らが宇宙線研究所カンガルー実験グループの目的の一つなのです。

 

今回の論文に至るまでの経緯と今回の論文のテーマ


 カンガルー実験では、カンガルーV望遠鏡(望遠鏡4台体制による観測)以前に、カンガルーU望遠鏡によって様々な発見をしています。その中でもRX J0852.0-4622(以下、RX0852と略す)と呼ばれる超新星残骸の発見は非常に重要です。超新星残骸とは、超新星爆発の残骸のことです。

 カンガルーU望遠鏡は、我々の銀河系の北西腕付近を広域に渡って観測し、そこから高エネルギーのガンマ線が地球に向かって放出されていることを発見しました。しかし、この時点でのカンガルー実験は、その天体の形状や放出されたガンマ線の精密な周波数帯を与えるには至りませんでした。ガンマ線は波長の短い光であるため、その性質を調べるためにはどのような周波数帯の光であるのかを調べることが重要となります。その数年後、ヘス実験と呼ばれる実験によって、RX0852の形状やガンマ線の精密な周波数帯が測られることとなりました。ヘス実験もカンガルー実験同様にガンマ線を観測している実験ですが、カンガルーUとは異なった観測手法や解析方法を持った実験です。

 近年、カンガルー実験はカンガルーV望遠鏡が稼動となり、それとともに新たな観測手法と解析方法を採用しました。この観測によって、今回カンガルーグループはヘス実験とカンガルーUの結果は無矛盾であることを示し、その上でヘス実験で測られた形状と周波数帯が正しいものであることを確立したのです。すなわち、この論文のテーマはカンガルーUが正しい測定をしていたことを証明するとともに、ヘス実験の正しさをも証明したと言えるのです。

・超新星残骸RX0852の画像

 ここで、RX0852を様々な波長領域の光で観測した場合の画像を並べて、どの波長領域でどのように見えるのかをお見せします。まずはX線による観測のもの。ぼやっと拡がった雲のようなものがあることが認識出来ます。点線で囲まれた領域がRX0852です。

X線によるRX0852の観測画像(左が広域図、右は点線部の拡大図)

しかしあまり明瞭に見えているとは言えません。ではこれを我々人間の眼で見ることが出来る可視光で見るとどうなるでしょうか?それが下の図です。点線の丸は、上記X線図中の点線と一致します。

可視光でRX0852を観測した画像

見ての通りX線の場合と比べて、周囲も非常に明るく見えてしまい、そこに何かがあると明確には分からなくなってしまいました。そこで今度は電波で観測したものを下の図に示しました。

電波によるRX0852の観測図

電波になってくると、そこに強力な電波源があることがはっきりと分かります。それでは、これをカンガルー望遠鏡、つまりガンマ線で見るとどうなるか見て頂きましょう。

ガンマ線によるRX0852の観測図

他の波長領域における画像と比べるべくもなく、はっきりとそこにRX0852が存在していることが分かります。このように地球から遠く離れた天体現象を捉えるためには、様々な波長領域での観測を照らし合わせることが非常に重要であり、ある波長領域のみに頼った観測では重要な発見を見過ごしてしまう可能性が高いのです。超新星残骸のガンマ線による観測は非常にパワフルであり、今後更なる発展が期待される分野なのです。

 このような画像は一般の方でも簡単に手にすることが可能となっています。英語によるサイトのため、使い方を調べるのが難しいかもしれませんが、

Sky view

上記のスカイビューというサイトで手にすることが出来るので、興味のある方は是非ともチャレンジしてみてください。

 

宇宙線の超新星爆発起源説に対する、TeVガンマ線観測結果からの議論


 高エネルギーのガンマ線と今まで書いてきましたが、具体的にはTeV領域のガンマ線のことを我々は議論しています。TeV(テラ・電子ボルトの略、テラとは1012を表す)とはエネルギーの単位であり、現在存在する加速器によって作り出すことが出来る最高エネルギーが2TeVであることからも、非常に高いエネルギーであることが分かるのではないでしょうか。

 これほど高いエネルギーを持つガンマ線がどのように放出されたのか?これを熟考することで、宇宙線の超新星爆発起源説に対する知見を得ることが出来るようになります。その議論を以下に紹介しますが、一切数式を使わずに解説しましたので、その雰囲気だけでも感じ取って頂ければ幸いです。

 ここでまず、宇宙線が超新星爆発起源であると仮定して話を進めていくことにします。超新星爆発によって放出されるエネルギーの総量は大雑把に約1053[erg]であると理論計算から予想されています(erg:エルグもエネルギーの単位です。温度を表すのにいくつか単位があるように、エネルギーを表す単位もいくつかあり、状況によって便利な方を用います)。このとき、このエネルギーのうちの約99%がニュートリノと呼ばれる電気を帯びていない粒子によって持ち逃げされると考えられています。この理論計算を裏付けするように、宇宙線研究所の実験施設であるスーパーカミオカンデが、超新星爆発から放出されたニュートリノのエネルギーを測定して約1053[erg]という結果を得ています。

 では残りの1%はどうなるのでしょうか。それは超新星爆発が起きた際の衝撃波のエネルギーとして使われると考えられています。その衝撃波のエネルギーのうち、10%が宇宙線の加速に使われていると考えられています(ただしこれは仮定であり、加速機構の根幹に関わる問題なので未だ未知の部分です)。宇宙線はそのほとんどが陽子(陽子のみならず重い核子も含みますが)であるので、加速に使われるエネルギーもほとんどが陽子のエネルギーとして変換されると考えるのが妥当であろうと考えられます。従って、1053[erg]のうちの1%のさらに10%、すなわち三桁低い約1050[erg]が超新星爆発から陽子が放出される際に持ち逃げするエネルギーだと考えることが出来ます。このとき電子も同時に放出されているはずですが、電子はどのくらいのエネルギーを持つべきでしょうか?これは実は地球に降り注いでいる電子の数と陽子の数との比から算出出来ます。この比はe/P比と呼ばれ、およそ0.01となっています。つまり陽子に比べて二桁小さいのです。ということは、超新星爆発から電子が受け取るエネルギーも同じように二桁小さいと考えることが出来ます。何故なら、超新星爆発に宇宙線の起源を求めるのであれば、超新星爆発で放出された粒子数の比がそのまま地球上で観測される粒子数の比に比例するであろうと考えられるからです。従って、電子の持つべきエネルギーは約1048[erg]ということになります。

 これらを踏まえた上で、ガンマ線の話に戻りましょう。RX0852から地球に降り注いでいるTeVガンマ線の起源が、超新星爆発によって放出された陽子から作られたものであるのか、それとも電子から作られたものであるのか。これを調べることによって、現在の宇宙線超新星爆発起源説の正否を調べることに繋がるというわけです。現在カンガルー実験やヘス実験では、TeVガンマ線の周波数帯を調べてますが、この周波数帯と各粒子からガンマ線が作られたことを仮定した場合のそれぞれで予言される周波数帯を比較することで、超新星爆発起源説に対する知見が得られるのです。何故陽子から作られたのか、もしくは電子から作られたのかで周波数帯が変わるかというと、加速・減速機構がそれぞれの粒子によって異なる上、ガンマ線の生成過程も異なるからです。以下、陽子から作られる場合を陽子的、電子からの場合を電子的と呼ぶことにします。では、今回観測されたRX0852から地球へと降り注ぐTeVガンマ線は、陽子的に生成されたものだったのでしょうか、それとも電子的だったのでしょうか?

 まず、電子的であったと仮定して話を進めるとどうなるかを見ていきましょう。電子がTeVガンマ線を作り出すための機構は非常に良く知られています。宇宙背景放射と電子との逆コンプトン散乱と呼ばれる散乱がそれです。宇宙背景放射とは、ビッグバンの名残と言われ、物凄くエネルギーの低い光が宇宙に満たされていることが分かっています。電子が宇宙を飛んでいると、当然ながらその光の中を飛んでいるわけなので、地球に降り注ぐ前にその光と散乱してしまうと考えられます。ここで、コンプトン散乱とは高いエネルギーを持った光が電子にぶつかる際に、電子がエネルギーを吸収し、光のエネルギーが低くなって波長が伸びる現象のことを呼びます。もしこの逆現象が起こる、すなわち電子が非常に高いエネルギーを持って光とぶつかると、電子の持っていたエネルギーを光が吸収し、その光は非常に高エネルギーで波長の短い光となります。これが逆コンプトン散乱と呼ばれる散乱です。

 もしRX0852が200[pc]という距離に位置した場合、カンガルー実験とヘス実験の結果から得られた数値を基にすると、この超新星爆発が放出した電子が持っているべきエネルギーは、約1046[erg]となってしまいます(pc:パーセクというのは距離の単位で、1[pc]は約3光年)。これは、宇宙線の起源がもし超新星爆発の際に放出された電子だとした場合に必要な、大元の電子が持っているべきエネルギー1048[erg]よりも二桁小さい値です。これでは現在観測されている宇宙線のエネルギーからの算出量との間に矛盾が生じてしまいます。天体までの距離の正確な値を導くのは非常に難しいのですが、その他の観測から最もそれらしいと考えられる値が200[pc]と言われています。しかし、その一方で1[kpc]という比較的遠くに位置しているという考え方も存在します。もし1[kpc]を仮定して電子のエネルギーを計算してやると、今度は1048[erg]よりも大きな値が導かれ、こちらの場合もやはり矛盾が生じてしまいます。

 電子的では、現在知られている加速機構を基にした超新星爆発起源説には矛盾が生じることが分かりましたが、陽子的の場合はどうでしょうか?それを見るために、いくつかの観測から妥当だと考えられる前提を置きます。RX0852の年齢は約630年で、爆発によって弾き飛ばされた質量は太陽質量程度とします。また、衝撃波が拡がる際の速度を5000[km/s]とします。この条件下で超新星爆発から放出された陽子が持っているべきエネルギーを算出すると、約1050[erg]となります。これは現在の宇宙線の観測と矛盾しない大きさです。ところが、この条件下で電子がどのような振る舞いをするか計算してみると、電子から作られるガンマ線が持つエネルギーの方が、陽子から作られるガンマ線が持つエネルギーに比べて遥かに大きな値を持つようになってしまうのです。つまり、最初に陽子から作られていると仮定しているにも関わらず、電子から作られるものの方が占有することとなり矛盾が生じてしまうのです。これを避けるためには放出される電子の数が、陽子の数に比べて二桁よりも遥かに少なくしなければならなくなります。これは観測されているe/P比と一致せず、再び矛盾が生じるようになってしまうのです。この矛盾は、実は超新星残骸の周囲に分子雲が存在した場合には避けることが出来るのですが、RX0852が200[pc]付近に存在していると仮定すると、その周囲にそのような分子雲が存在していると積極的に考えられる証拠は現在のところ存在しません。

 以上のことから宇宙線の超新星爆発起源説というのは、現在知られている加速機構で全てを説明しようとすると、今回のTeVガンマ線から得られた結果のようにどこかに矛盾が生じてしまうのです。未知の加速機構が存在するのか、または超新星爆発ではない宇宙線起源が別に存在するのか、いずれにしても今後のより詳細な観測を待たねば決着はつかないでしょう。そのためにもカンガルー実験によるTeVガンマ線の観測を続けることは非常に重要であると考えられるのです。

 

終わりに


 先月までの二回と異なり、写真が少ない文章になってしまいましたが、TeVガンマ線観測の重要性と面白さが少しでも感じ取って頂ければ幸いです。カンガルーVが今後与えるであろう超新星爆発起源説への知見がどのようなものなのか、ぜひ一般の方々にも注目して頂きたいと思います。