現場の「泥臭さ」にせまる CTA大口径望遠鏡1号機

それでは次に鏡のグループについて教えてください。
黒田
僕が携わっているのは、主鏡と呼ばれる一番でかい鏡です。CTAの主鏡は、対辺が1.5mほどの六角形の鏡を、大口径望遠鏡1台に対して約200枚並べてつくります。一枚一枚の鏡は平面に見えますが微妙に凹んでいて、まっすぐに光を打ち込むと、どこか1点で像を結ぶはずなんです。私の実験では、その焦点距離や像の大きさなどを、鏡の性能を評価するために測定していました。
黒田
焦点距離の2倍の60mの位置から光を打って、反射した像を見る。60mの何もない空間が必要なのですが、そんなに大きな部屋はないので、誰もいなくなる時間帯を選んで夜中に、長い廊下で実験をしていました。私の生活リズムが乱れていたこともありますが(笑)。廊下は、夏は暑くて冬は寒いんです。冬の夜に1人でいると寂しい気持ちになります。ディズニーランドのBGMをかけたりしていました。わくわくしてくるんですよ(笑)。
黒田
宇宙線研究所では2016年4月から翌年10月にかけて、全体の量の約5分の1にあたる150枚ほどを検査しました。所要時間は1枚あたり30〜40分くらい。一晩で7枚ほど確認しました。確認した鏡はトラックで横浜港に運ばれ、コンテナに詰め込んで船でラパルマに送られました。送り出したときは、やっといなくなるわ、とせいせいしました(笑)。
稲田
僕は黒田くんと一緒に、大口径望遠鏡の光学系開発、特に分割鏡が関係することに携わってきました。具体的には、鏡を作る企業との交渉や性能評価の測定手法の確立、環境変化を受けやすい実験器具を海外にどのように輸送するか、そして望遠鏡のどこにどの分割鏡を取りつけるのかなどです。光学系開発の面白いところは、やはり鏡は信号が一番最初に触れる場所であるということでしょうか。もし鏡が歪んでいると、後の装置ではもう補正できないので責任重大です。
稲田
また、グループの中での個々人の裁量が大きいのも面白いところです。たとえば、僕は分割鏡の責任者、深見さんも別の担当の責任者で、博士課程の学生でも国際共同実験の装置の責任者を任されます。今年からは望遠鏡建設が本格的に進んでいるので、主に現地で光学系部品のインストールに携わっています。
深見
僕がやっているのは鏡の制御です。CTAの重さは、鏡の部分だけで約10トン。鏡を支える部分もあわせると30トン近くもあります。それだけ重いものが上を向いたり横を向いたり動くと、分割鏡の向きが歪んでしまう。さらに、向く方向によって支える部分のたわみ方が違う。CTAは分割鏡の一枚一枚を制御して、たわみを補正できるようになっているんです。
どれほどの時間で補正できるんですか?
深見
静止していれば、10秒で200枚の鏡をすべて制御できる計算です。しかし、CTA全体を動かし望遠鏡の向きを20秒で180度回転させた直後は、装置全体がどうしても振動してしまう。その振動をどのくらい大きく見積もればよいのかを計算し、補正の精度をあげるのが今後の課題です。14秒角というほぼ目に見えない角度まで制御することをCTAの感度を達成するために求められているのですが、マックスプランク研究所にある8分の1のサイズのプロトタイプではうまくいきました。ただ、200枚の鏡を載せた実際の望遠鏡でうまくいくかはこれからです。
櫻井
僕はカメラ部分の根幹にあたる光検出器モジュールを現地で組み立てました。また、現在はこの光検出器モジュールを、カメラ内でどう配置するかを検討しています。また、大口径望遠鏡4台分の鏡に取り付ける小さなねじ約1000本は、すべて僕が手作業で組み立てました。
久門
僕はニッチなことをしています。メインの3つのグループの他にも日本はいくつかのプロジェクトを担当していて、僕はエネルギー供給システムの開発をしています。この望遠鏡は視野が5度ですが、ガンマ線バーストなど一瞬の現象をできるだけ早くとらえるために、見たいところに望遠鏡の向きを素早く変えなくてはいけません。そのために、400kWもの大電力が必要なんです。レールが敷かれた上に台車が6台あって、望遠鏡が高速回転できるようになっています。20秒で180度回転させる予定です。
深見
400kWの電力の大きさは、例えば、家庭の浴槽に入った水が数秒で沸くようなエネルギーです。
久門
望遠鏡は山の上にあるので、大電力を供給するための安定したインフラがない。それを解決するために、世界で初めてフライホイールを望遠鏡に使おうとしているんです。フライホイールはバッテリーの一種で、力学的な回転エネルギーとして電気を蓄える装置です。通常のバッテリーと比較すると、瞬間的に大電力を供給する用途に適しています。また、エネルギーの状況を中央から監視できるようなシステムも開発中です。今年の3月にそのシステムが実装される予定なので、ラパルマに行きます。
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