【プレスリリース】巨大望遠鏡で狙う暗黒物質からの”光”—天の川銀河中心観測で解き明かす宇宙暗黒物質の起源と正体

プレスリリース

東京大学宇宙線研究所

スペインカナリア諸島ラパルマ、ロケ・デ・ロス・ムチャチョス天文台にあるMAGIC望遠鏡 Credit: Giovanni Ceribella

発表の概要

 東京大学宇宙線研究所 稲田 知大 協力研究員、Moritz Hütten 特任研究員、手嶋 政廣 教授、窪 秀利 教授、高エネルギー加速器研究機構 郡 和範 准教授、ドイツ・マックスプランク物理学研究所 (MPP) などの国際共同研究チームは、スペイン・カナリア諸島ラパルマ島のチェレンコフ望遠鏡MAGIC(注1)を用いて、天の川銀河中心を約7年間観測し、宇宙の暗黒物質(注2)起源の高エネルギーガンマ線を探索しました。今回の研究では、天の川銀河中心領域での暗黒物質の空間分布において様々な模型を考慮したうえで、暗黒物質になりうる新粒子として有力である超対称性粒子(注3)が予言するテラ電子ボルト(注4)以上の質量領域に世界で初めて到達しました。その結果、十分な信号は見つかりませんでしたが、暗黒物質の素粒子的な性質に強い制限を与えました。また、宇宙初期に暗黒物質がどのように作られたかについても従来のシナリオに一石を投じることになりました。MAGIC望遠鏡と同観測所で稼働中の次世代望遠鏡群であるCTA計画(注5)でも今回の探索手法を適用することができ、その場合はさらなる高感度で、暗黒物質の素粒子的描像や生成過程について深く迫ることができると期待されています。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー レターズ (Physical Review Letters) のオンライン版に2023年2月10日付で掲載されました。

【ポイント】

・成果 : チェレンコフ望遠鏡MAGICと解析手法を駆使し、天の川銀河中心付近で、暗黒物質(ダークマター)が対消滅することで生じるガンマ線の探索を行いました。
・新規制 : ダークマターの発見には至りませんでしたが、その候補である超対称性粒子の存在範囲を質量の重い方から絞り込むという重要な結果が得られ、米国物理学会誌Physical Review Letters電子版に掲載されました。
・社会的意義 : チェレンコフ望遠鏡は、加速器など他の方法では難しい暗黒物質探索の新手法として有効であることが実証されたとも言え、次世代のCTA望遠鏡に期待がかかります。

研究の背景・先行研究における問題点

我々の宇宙は、暗黒物質と呼ばれる物質で満たされていますが、その正体は依然分かっていません。加速器・地下実験等を用いて暗黒物質の候補となる新粒子の探索が続けられていますが、いまだ手がかりが掴めずにいます。地上ガンマ線望遠鏡を用いた暗黒物質探索はそれらと相補的な探索を可能とします(図1参照)。ガンマ線で暗黒物質を探すという場合は暗黒物質の粒子同士が対消滅した際に生じる光子が探したい信号となります。暗黒物質の質量は、特に有力な理論模型だとギガ電子ボルトからテラ電子ボルト(注5)の範囲に存在すると予想されています。これらが対消滅した際に生じる光子も同様のエネルギーを持つことになり、まさに超高エネルギーガンマ線で探せる領域となります。テラ電子ボルト以上という高エネルギーの粒子は地上の実験室では作ることが難しく、また予想される信号数も少なくなります。広大な地球大気を利用し、宇宙からのガンマ線を観測するチェレンコフ望遠鏡では100テラ電子ボルト程度まで感度を持つため(図3参照)、未踏のテラスケール質量の暗黒物質を探すにはうってつけの装置と言えます。

暗黒物質同士の対消滅起源の光子を探した際に、得られる情報として「どれだけ頻繁に暗黒物質が衝突するか」ということがあります。この情報は特に宇宙初期でどのように・いつ暗黒物質が作られたかという暗黒物質の起源を知るためにとても重要な手がかりです。一方で、暗黒物質が密集していると領域とされる天の川銀河中心は最も有力な暗黒物質の観測天体とされつつも、暗黒物質がどのように空間的に分布しているかについてはまだ理論・実験的に決着がついていない部分があり、ガンマ線での暗黒物質探索の結果についてしばしばその不定性が課題とされてきました。本研究では高い暗黒物質への探索感度を保ちつつ、そのような課題を解決する研究方法を提案し、実際に観測データに適用することに成功しました。

図1: 暗黒物質の探索の際に使われる暗黒物質と既知の粒子(標準模型の素粒子と呼ばれる)の相互作用を示した図。暗黒物質の探し方は大きく3種類あり、暗黒物質を作る、既知の粒子との衝突を観測する、そして暗黒物質が衝突した際に生じる粒子を見るという方法がある。チェレンコフ望遠鏡は宇宙を観測しているため、宇宙にある暗黒物質の粒子同士が衝突した際に生じる光を観測することを目的としている。

研究の内容

 東京大学、東海大学、ドイツ・マックスプランク物理学研究所 (MPP) などの国際共同研究チームは、スペイン・カナリア諸島ラパルマ島のチェレンコフ望遠鏡MAGIC(図2)を用いて2013年から2020年まで継続的に天の川銀河中心を観測してきました。天の川銀河中心は星が密集する賑やかな領域である一方で、見えない暗黒物質も高密度で存在し、息を潜めています。このことから天の川銀河中心は、様々な物理が研究できる格好の実験場であると言えます。この天の川銀河中心付近領域に漂う暗黒物質同士が衝突し、対消滅した際に生じるガンマ線が狙うべき信号であり、本研究では特に信号の形状がラインガンマ線と呼ばれるものになる場合に注目しました。これは暗黒物質の質量にピークを持つエネルギースペクトルとなるので、暗黒物質に特有の信号であり、他の天体起源の類似信号と容易に区別できることができ、信号超過が見つかった場合には強い証拠となります。また、銀河中心付近の暗黒物質空間分布は理論的な不定性が大きいのですが、今回は複数の空間分布を想定し、解析を行いました。このような特徴のある信号が検出できなかった場合には、これだけの観測時間と装置を用いても暗黒物質の対消滅を観測できなかったとして、対消滅の頻度(断面積)に対して。少なくともこの値よりは小さいだろうという “上限値”というものを計算します。これにより、様々な暗黒物質空間分布の想定の下、暗黒物質の正体として有力視される未知の粒子、超対称性粒子の検証を世界で初めて達成しました。今回の研究では世界で最も小さい対消滅断面積まで探索し、上限値をつけることができました。

MAGIC望遠鏡は北半球にあることから、図2にあるように天の川銀河中心が地表近くを通過します。地上ガンマ線望遠鏡では地球大気を利用し宇宙ガンマ線を検出するのですが、この厚みが大きいとさらにエネルギーの高いガンマ線に対して感度を上げられるという性質があります。この観測サイトの地理的な特徴を生かし、他の手法では探すことが難しい、特に1テラ電子ボルトから100テラ電子ボルトという質量を持つ“重い暗黒物質”を最高感度で探索することができました。これは地上の実験施設では達成することが難しい高いエネルギーのため、チェレンコフ望遠鏡によるユニークな結果と言えます。

図 2 カナリア諸島ラパルマ島のチェレンコフ望遠鏡MAGICと頭上に映る天の川 (Credit:Urs Leutenegger)
図3: 暗黒物質の質量と暗黒物質の対消滅断面積の関係を示した図の一例。色がついている領域がそれぞれの実験手法で探索できる領域。異なる実験手法で相補的に暗黒物質の質量・対消滅断面積を探索している。チェレンコフ望遠鏡は比較的、“重い”暗黒物質である1 TeV以上の探索を得意としている。点線は、もし暗黒物質が宇宙初期の急激な膨張により、宇宙が冷えた結果、取り残されてできたというシナリオ(熱的残存仮説)が正しかった場合に理論的に予想される値。この理論予想に感度が届くことで、暗黒物質が宇宙初期にどのように生成されたかの検証が可能となる。

社会的意義・今後の予定

 今回の研究により天の川銀河中心領域における暗黒物質探索は素粒子模型の検証にも有用であることが、より強く示された形になります。特にテラ電子ボルト以上の質量を持つ暗黒物質については他手法と比較してもユニークな結果であり、地上ガンマ線望遠鏡による暗黒物質探索研究の必要性を示しています。現在、2基のMAGIC望遠鏡と同じ観測所に、さらに高性能の23メートルの口径のチェレンコフ望遠鏡(CTA-LST)を4基建設しており、これらの望遠鏡が稼働を開始すれば、一桁高い感度でより暗黒物質の性質究明に迫ることができます。加速器・地下実験等の他の暗黒物質探索実験とともに悲願である暗黒物質の発見に向けて研究を継続していきたいと考えています。

今回の解析を主導した稲田 知大研究員は「本研究では残念ながら新粒子は見つかりませんでしたが、天の川銀河中心というユニークな観測天体を用いた素粒子物理学研究の可能性を示せたと思います。今後も開発中の次世代望遠鏡を用いて、暗黒物質の発見に向けて研究を継続していきたいと考えています。」とコメントしています。

解析チームの一員であるMoritz Hutten 特任研究員は「暗黒物質の粒子がどれだけの頻度で対消滅するかという予測値は、銀河系中心で予想される暗黒物質粒子の密度に強く依存します。そこで私たちは、銀河系内部の暗黒物質の分布について、さまざまな仮定を立ててデータを検証することに成功しました。」と話しています。

データの理論解釈に参加した高エネルギー加速器研究機構の郡 和範 准教授は次のように話します「量子的な補正ではなく、ガンマ線と直接結合するようなダークマターモデルなら、どれでも今回の解析で厳しく制限される可能性があります」。

謝辞

 本研究は、科学研究費助成事業(17H06131, 17H01126)、東京大学宇宙線研究所共同利用研究の助成を受けました。

脚注

(注1) MAGIC:スペイン・カナリア諸島ラパルマ島の山頂(標高2200 m)のロケ・デ・ロス・ムチャチョス天文台にある2基の17m 口径のチェレンコフ望遠鏡で、2004年から運転を開始した。ガンマ線が大気中で作る空気シャワーから発するチェレンコフ光を撮像する。50 GeVから50 TeV以上のガンマ線を観測できるように設計されており、13カ国・約230人の国際共同研究チームにより運営されている。日本の参加研究機関は、東京大学、東海大学、広島大学、名古屋大学、京都大学、山形大学、甲南大学、千葉大学である。

(注2) 暗黒物質 (ダークマター ):人類が観測可能な星や銀河などを全て足し合わせても宇宙全体の全物質の約5%程度にしかならない。未知の95%のうち27%が暗黒物質(ダークマター )と呼ばれている。暗黒物質の正体は未知の素粒子であると有力視されており、様々な実験により発見が試みられている。

(注3) 超対称性粒子:素粒子の種類であるフェルミオンとボゾンを入れ替える対称性を超対称性と呼び,素粒子の標準模型を超える理論的枠組みの最有力候補のひとつである。暗黒物質が未知の素粒子である場合に、その正体が超対称性粒子であると、宇宙における暗黒物質の残存量や他のいくつもの素粒子の謎を同時に解明できるため、有力な候補とされている。

(注4)電子ボルト: エネルギーの単位。1電子ボルトは1個の電子が1ボルトの電位差で加速されるときのエネルギー。電磁波のエネルギーでは、可視光〜数eV、X線〜keV、ガンマ線〜100 keV以上に相当する。1 GeV(ギガ電子ボルト) = 109eV、1 TeV (テラ電子ボルト)= 1012eV

(注5) CTA計画:超高エネルギーのガンマ線天体を観測する次世代望遠鏡「Cherenkov Telescope Array」プロジェクト。スペイン・カナリア諸島ラパルマ島の北半球サイト、チリ・パラナルの南半球サイトに、大口径望遠鏡(口径23 m) 8基、中口径望遠鏡(同12 m)40基、小口径望遠鏡(同4m) 70基の計118基を建設し、25カ国・1500人の国際共同研究により運営する。望遠鏡の感度を10倍に向上させ、また観測可能なエネルギー領域を20GeV-300TeV に拡大することで、宇宙誕生後16億年の若い宇宙の姿を探索。質量がTeVの領域にあると予測されるダークマターの発見にも大きな役割を果たすと期待されているほか、1000個を超える超高エネルギーガンマ線天体を発見することで、100年もの謎である宇宙線の起源と生成機構の解明、ブラッックホール、中性子星近くの物理現象の解明などに役立てる。

<論文情報>

雑誌名:Physical Review Letters(2023年2月10日に電子版掲載)
論文タイトル
:Search for gamma-ray spectral lines from dark matter annihilation up to 100 TeV towards the Galactic Center with MAGIC
著者
:MAGIC Collaboration: H.Abe, S.Abe, K.Asano, J.Baxter, Y.Fukazawa, D.Hadasch, M.Hütten*, R.Imazawa, T.Inada*, D.Kerszberg*, Y.Kobayashi, H.Kubo, J.Kushida, D.Mazin, T.Nakamori, K.Nishijima, K.Noda, Y.Ohtani, T.Oka, T.Saito, S.Sakurai, M.Strzys, Y.Suda, M.Takahashi, R.Takeishi, K.Terauchi, M.Teshima, I.Vovk, T.Yamamoto, N.Hiroshima, K.Kohri, et al.
論文のURL
: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.130.061002