大型水チェレンコフミューオン観測装置による
10 - 100 TeV ガンマ線源の観測 (MD 計画)

Fig. 1
図 1.: 空気シャワー観測装置(写真)と地中ミューオン検出器(想像図)

TeV ガンマ線観測の現状、期待される 100 TeV ガンマ線の観測:
knee 領域 (1014 - 1016 eV) 以下の宇宙線の起源として銀河系内超新星残骸 (SNR) が最有力候補の一つです。 起源の確定のための最もよい方法の一つは、加速された宇宙線が周辺物質と相互作用し生成したπ0 起源ガンマ線の観測です。 その冪はバックグラウンド宇宙線の冪 -2.7 より硬く、-2.2 近くが期待され、スペクトルが伸びていれば数 100 TeV 領域が最も良い観測領域になりえます。
TeV 領域ガンマ線を高感度で観測可能な解像型空気チェレンコフ光観測装置 (IACT) により、今では 30 を越える TeV ガンマ線天体が発見されています。しかしそのスペクトルの多くは相対論的電子による周辺光子 の逆コンプトン散乱モデル (SC モデル) で説明可能です。中には SC モデルだけでは説明しにくいものもあり、 北天では超新星残骸 Cas A や HEGRA グループ観測の J2032+4130 からの TeV ガンマ線観測結果がそれにあたります。 特に南天の 超新星残骸 RXJ 1713.7-3946、RX J0852.0-4622 からの TeV ガンマ線観測や銀河中心方向の拡散 TeV ガンマ線観測結果がπ0 起源を示唆するものとして注目されています。これら TeV ガンマ線発生機構の解明にはモデル の不確定性を制限するために、多波長観測による詳細な物質分布、磁場構造の情報や解明が不可欠であり、 更なるモデル制限となりうる成果が待たれるところです。 ガンマ線自体の観測では 100 GeV 以下のエネルギースペクトルの観測が TeV ガンマ線発生機構決定に対して最も鍵となるところですが、 現在の IACT では観測が難しく、衛星による観測も有効面積の関係で未観測領域です。 他の鍵は 100 TeV 領域の観測等によるエネルギースペクトルの伸び、折れ曲がりの観測による加速機構の制限あるいは決定です。 これには統計を増やすために、さらに多くの観測時間を要することになりますが、残された課題です。

IACT により TeV ガンマ線天体として初めて観測された "かに星雲" のエネルギースペクトルは SC モデルで説明出来てい ますが、常々π0 起源ガンマ線の寄与が取りざたされている天体です。 そのガンマ線は 80 TeV 近くまで伸びている報告があり、クライン-仁科効果による電子スペクトルの カットオフ効果や、その先に π0 起源ガンマ線の観測の可能性もあり 100 TeV 領域の観測が待たれています。

南天の IACT を用いた H.E.S.S. グループは、 銀河面探査により 10 を越える TeV ガンマ線新天体の発見し、世間を驚かせました。 TeV ガンマ線により初めて観測された天体もあり、そのような予期せぬ天体の発見は、我々に未知の 100 TeV ガンマ線天体への期待を持たせます。
そして何より knee の折れ曲がりを作っている宇宙線は確かに銀河系内にあるはずであり、宇宙線の作るπ0 起源ガンマ線がどこかにあるはずです。 knee の折れ曲がりの情報を残したガンマ線 ─ 100 TeV 領域ガンマ線 ─ の観測は未だなされていません。

100 TeV 領域ガンマ線観測の現状:

このように興味深い100 TeV 領域のガンマ線は低頻度な故、昼夜季節を問わず観測できる空気シャワー観測装置の得意分野といえます。 しかし、これまでの装置の一次宇宙線種別 (ガンマ線/原子核) 弁別能と角度分解能では 100 TeV ガンマ線検出に十 分な感度を持つまでに至っておらず、未だ観測されたことのない未知の領域となっています。 一次宇宙線種別弁別能力について言えば、これまでの装置では空気シャワー中ミューオン数を用いるのですが、 そのミューオン検出器の面積は 500 m2程度以下であり、100 TeV 領域宇宙線に対し弁別に使うには十 分ではなかったと思われます。 我々はミューオン観測装置面積をおよそ 10000 m2 とすることで空気シャワーに付随するミューオン数の差 (原子核起源宇宙線でおよそ 50 粒子、ガンマ線起源で 1 粒子以下) よりガンマ線イベントを数 % 程度の損失で原子核起源宇宙線を 99% 以上除去することにより、感度をこれまでの 10 倍以上 に出来ると考えています。又、我々の装置の角度分解能は 100 TeV 領域で 0.2 度ですから、他の装置の 1 度程度と 較べても 5 倍よいことになります。 独創的な点として、これまでミューオン検出器としてシンチレーション検出器や比例計数管が用いられていましたが、我々は大面積を安価に製作する ために水チェレンコフ光観測型ミューオン検出器を選んでいる点が上げられます。 検出器は空気シャワー中の電磁成分の影響を除去するため 土の下 2 m (19 r.l. 相当) の貯水槽 (水深 1.5 m) を建造予定です。 この装置はシンチレーション検出器と較べ安価というだけでなく、チェレンコフ光光量が粒子の通過距離に依存するため、 電磁成分よりミューオンに対して感度がよいと言えます。ノイズとなる空気シャワー中の電磁成分が漏れ出してきても 1 ミューオン相当の光量を出すには 300 MeV 近くのエネルギーが必要であり、ガンマ線起源空気シャワーではシャワーコア付近以外で そのような高エネルギー電磁成分は存在しません。シャワーコア付近のミューオン検出器のデータを使用しないことにより電磁成分の寄与 は除くことができるため、ガンマ線空気シャワーを原子核空気シャワーと間違える可能性はシンチレーション検出器や比例計数管よりも小さいと 考えています。

我々はこの方法を用い、10-100 TeV 領域の新たな窓を開くべく現在本計画を推進中です。

Fig. 2 Fig. 3
図 2. 空気シャワー観測装置
とミューオン検出器の配置(予定)
図 3. MD 計画: ミューオン検出器側面図

Fig. 4 観測が期待される天体:

本装置の完成により、現在知られている TeV ガンマ線天体の中では、"かに星雲"TeV J2032+4130米国の Milagro グループ観測拡散ガンマ線領域HESS J1837-069Mrk 421Mrk 501確実に観測可能な天体として上げられ、 エネルギースペクトルの伸び等新しい知見が得られることが期待されます。又観測の可能性が示唆される天体としては Cas AM87HESS J1834-089 が、 そして、新ガンマ線天体として 10 程度の超新星残骸が期待されます。

100 TeV 以上ガンマ線は未だ誰も見たことのない領域でもあり、本実験は世界に先駆けてその未知領域を観測する画期的実験です。

図 4. MD 計画: ガンマ線検出予想感度 (これまでの数倍 (数TeV-10TeV) から 10 倍以上 (> 10 TeV) に向上)