東京大学宇宙線研究所長 梶田隆章教授 2015年ノーベル物理学賞受賞

回顧録

はじめに

以下回顧録は、戦後日本において、世界的な寄与もあった素粒子や宇宙線の研究を担われた先生方の思い出話を収録するため、福來正孝先生(当時東京大学宇宙線研究所)により編纂されました。当時の研究生活や研究者としての思いが収録された貴重な資料であり、このなかから、福來先生および著者の先生方のご厚意により、ニュートリノ研究に関係する4章について抜粋し、期間限定で公開するものです。なお、公開期間は一年間とさせていただきます。

内容についてのお問い合わせは受け付けておりません。また、二次配布や転載は一切お断りさせていただきます。

> 小柴昌俊「若き日の研究を振り返って: Kamiokande を始める迄」
> 荒船次郎「宇宙線研究所とKamiokande」
> 中畑雅行「Kamiokandeの頃(1)」
> 梶田隆章「Kamiokandeの頃(2)」

前書 本册子成立の経緯・・・福來正孝

本册子は敗戦後の荒廃の中より急速に立上がり展開され、世界的な見地よりしても大きい寄与のあつた我国の素粒子論と宇宙線の研究を擔はれた先達の思ひ出話を纂めたものであり、本册子の第一の目的は日本の素粒子、宇宙線の初期の研究がどの様なものであつたかに就いての歴史資料を将來に向けて残すことである。

本册子の契機となつたのは山口嘉夫先生の昔話の聞書きである。山口先生の傘寿の会(2006 年)で、もう餘り機會もないだらうから「素粒子研究の若き時代」のお話を伺つておかふと云つて始めたものであり、十數名の人 (主に東大素粒子研出身者) が 2006 年秋から 2007 年夏に掛けて三回都合十數時間に亙り話を伺つた。その時の速記を筋道が立つ樣に並べ直し叙述軆に直し編集したものを先生に修正して頂き不審な点、關聯文獻に関しては編者他が探索確認作業を行ひ數回に亙り先生との間の往來を繰返して本書収録の山口先生の原稿が出來てゐる。

これに触發されて他の方々の思ひ出話も、作つておかふと云ふ事になつて宮澤弘成先生の聞書きを作つた。西島和彦先生も大變乘氣になられて御自身の日記、手帳抔を調べられてゐたのだが御病状が悪化して間も無く亡くなられ間に合はなかつたのは遺憾とするところである。

山口先生の稿を一番最初に置いてあるが、それは先生の話が本冊子成立の契機を與へてゐると云ふ事の他に、其の稿が可也広範囲に及んでゐて分野全体の歴史的俯瞰に都合が良いと思はれる故である。

其内に日本の宇宙線研究の初期の話も今の内に纏めておいて欲しいと云はれ宇宙線研究所の初期の時代、即ち核研宇宙線部初期の先生方である西村純、田中靖郎、小柴昌俊先生にも話を伺ひ聞書きを作つた。宇宙線研究は初期には素粒子研究の重要部分であつた訳だが、軈て新分野の開拓者としての役割を擔ふことになる。中性微子物理然り、X線天文學然りであり此等では日本の研究が世界的にも重要な位置を占めてゐる。小柴先生の話も聞書きを整理、不審点を糺した上で草稿を作製し先生に修正して頂いた。田中、西村両先生の稿はは聞書作成の後、編者の要求に應へて先生方御自身が後刻大幅に補足拡充された。

北垣敏男先生話の収録は、先生が果された日本の高エネルギー實驗創成での役割は大きく山口稿に頻出してゐるのであるが、山口先生とは異なる立場からの記録を残しておきたかつた故である。聞書き作成後、此稿も先生の大きい修正加筆を経てゐる。

加へて本册子には Kamiokande/SuperKamionande 實驗開始前後の事蹟を述べた荒船次郎、中畑雅行、梶田隆章各氏の話も収めてある。蓋し日本の「宇宙線」研究者の科學的成果が一つの頂點に達した時期である故である。

小林誠氏の聞書きでは 1970 年頃、即ち現在の素粒子論が完成する直前の素粒子論研究がどんなものであつたかに就いて述べられてをり、上の記録で抜け落ちてゐる部分が補はれてゐる。

聞書きはもう少し廣い範圍に擴げたかつたのだが、ここで收録した方々が聊か地方的に偏つてゐるのは日常的な理由、即ち日頃の付合があつた事が大きな理由である。残念乍ら數名の方を逸した。斯樣な聞書きは主觀的要素が大きいのは本來的なものであり、其事は問題と云ふよりは、寧ろ重要な要素の一であると思はれる。出來得べくは一つの事跡に対して何人かに依る見方があればそれが望ましい。実際、本記録では同一の事跡が何人かの人に依つて語られてゐる場面が多々見出される。亦通常の記録には餘り書残されないやうな事項の記述も収録してある (尤も編者が唆した部分も可成あるのだが · · ·)。編集に際して、也可く關聯 documentを調べ、話相互の cross check を行ひ 出來る限り正確を期すべく努めた。内容的に少々余計かと疑はれる事も時代の雰囲気を伝へて呉る故也可く削除せずに残した。有る程度口吻も保存したかつたのだが、此は餘り成功してゐない。

本册子の収録に於て脚註になつてゐるものは主に編者による書加へであるが、原著者或いは原稿を編集段階で読んで頂いた方に依るものもあり明示してをいた。聞書きに現はれる該當文獻、原論文等はなるべく挙げておいた。また文獻の後のbracketh· · ·i 内に示したものは論文受附の日附を示してゐる。尚末尾に此聞書に現はれる物理の背景への手掛りと本册子に現れる事跡の全体的な発展の中に於ける位置付けを與へる爲に、基礎物理の發展状況に關して通り一片のものではあるが概略を「後序」として加へてある。

本册子の成立に關しては「思ひ出」を書かれてゐる方々は勿論、他にも數多の同僚を煩はしてゐる。其等は、各々の稿の成立の経緯と共に夫々の第一頁の脚註として簡略に記してあるが、各々の方々に感謝申し上る。

2012年1月
編者 福來正孝
東京大學宇宙線研究所

はじめに / 小柴昌俊「若き日の研究を振り返って: Kamiokande を始める迄」 / 荒船次郎「宇宙線研究所とKamiokande」 / 中畑雅行「Kamiokandeの頃(1)」 / 梶田隆章「Kamiokandeの頃(2)」