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【プレスリリース】T2K 実験、電子型ニュートリノ出現現象の存在を明らかに!

【発表概要】 
ニュートリノ振動は、素粒子ニュートリノが長距離を飛行するうちにその種類(ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の3種類がある)が変化する現象のことをいいます。現在までに、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設スーパーカミオカンデ実験などにより、大気ニュートリノの振動や太陽ニュートリノの振動が発見され、ニュートリノの性質が一つ一つ解明されてきました。ニュートリノ振動を説明する標準的な理論では3つの振動モードが存在し、第三のニュートリノ振動モードは実験による検証が必要とされていました。その方法の一つが、加速器により作られたミュー型ニュートリノの電子型ニュートリノへの変化の測定です。

ミュー型ニュートリノが飛行中に電子型ニュートリノへ変化する、電子型ニュートリノ出現現象の発見を最大の目的とするT2K実験(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)において、2013年4月までに遠隔検出器スーパーカミオカンデにて取得したデータを解析したところ、電子型ニュートリノに起因すると考えられる事象が28事象発見されました。これは出現現象がない場合に期待される4.6事象より多く、背景事象の統計的な揺らぎにより起こる確率はわずか1兆分の1以下であることを意味します。すなわち、電子型ニュートリノの出現現象が起きている決定的な観測結果が世界で初めて得られたことになります。

今回の結果により、電子型ニュートリノ出現確率の精密測定の時代が始まったことになります。T2K実験では現在の10倍のデータ量を今後ためると期待されています。また遠隔検出器としてスーパーカミオカンデの約20倍の大きさを持つハイパーカミオカンデを新たに建設する計画の検討も行われています。今後さらに研究を進めることにより、素粒子や宇宙の謎、特に、なぜ宇宙は物質が支配的であり反物質が少ないか、という謎を解くための最大の手がかりを与えるものと期待されています。

【発表内容】 
T2K実験※1(図1)では、独立行政法人日本原子力研究開発機構 (JAEA)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)が 茨城県東海村で共同運営する大強度陽子加速器施設J-PARCのニュートリノ実験施設(図2)を用いて、ミュー型ニュートリノ※2 を人工的に発生させます。ニュートリノビームは生みだされた直後に施設内のニュートリノ前置検出器でモニターされるとともに、岐阜県飛騨市神岡町の東京大学宇宙線研究所の巨大な地下検出器 スーパーカミオカンデ(図3)に向けて、東海村から295kmの距離を飛行します。

平成22(2010)年1月の本格的な実験の開始から平成25(2013)年4月12日までの間に得られたスーパーカミオカンデのデータのうち、J-PARCからビームをうちだした時間と同期しているものを解析したところ、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの新たなパターンのニュートリノ振動=電子型ニュートリノ出現現象※3がなければ説明できない数多くの事象が得られていることが分かりました(図4)。

電子型ニュートリノが物質と反応すると電子が生成されます。上記の期間中に、スーパーカミオカンデによって、ビームと同期したニュートリノ事象が総計532個検出されましたが(図5)、そのうちの28個で電子の生成が確認されました。この中には、電子型ニュートリノ出現現象に起因しない背景事象も含まれますが、その数はわずか4.6個と評価されました。さらに、観測されたエネルギー分布は、電子型ニュートリノ出現現象が起こった場合とよく一致しており(図6)、解析の結果、背景事象のみの統計的な揺らぎによって偶然に起こる確率は1兆分の1以下しかないことが明らかとなりました。

ニュートリノ振動は、ニュートリノが長距離を飛行するうちに現れる量子力学的な干渉の効果によって、その種類(世代とも呼ばれる)が変わってしまう、という現象です。今回のミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動が発見されたことは、粒子(物質)と反粒子(反物質)とで適用できる物理法則が異なる"CP対称性の破れ※4 "に関する研究を、今後大きく進展させるものとして注目されます。CP対称性の破れは、これまでのところクォークでしか見つかっておらず、その発見・研究に対して、1980年と2008年にノーベル物理学賞が授与されています(2008年には小林誠・益川敏英博士が受賞)。ニュートリノや電子とその仲間からなるレプトン※5 については、CP対称性の破れはまだ見つかっていません。現在観測される私たちの宇宙は物質でのみ満たされており、有意な量の反物質は存在していません。この事実は今日の自然科学における最も深遠な謎のひとつですが、ビックバンにより創成された宇宙の最初期の段階での、レプトンのCP対称性の破れがその原因になった、という可能性が指摘されています。T2K実験は、今後、レプトンにおけるCP対称性の破れの研究を世界に先がけて推進していくために、実験の特徴の一つである反ニュートリノビームを用いた測定を含め、現在のおよそ10倍の量のデータを取得することを計画しています。


(図1)T2K実験の概要


(図2)J-PARCニュートリノ実験施設
J-PARCメインリングからキッカーとよばれる電磁石により加速器の内向きに蹴りだした陽子を一次ビームラインで神岡の方向に向ける。陽子は①チタン合金容器に格納されたグラファイト標的に衝突して多数のパイ中間子を生成する。パイ中間子を電磁ホーンという特殊な電磁石によって前方に収束させ、②ディケイボリュームと呼ばれる長さ100mのトンネルに入射し、ミュー型ニュートリノとミュー粒子の対に崩壊させる。ニュートリノビームは③前置検出器を用いて測定されており、スーパーカミオカンデの測定結果と比較すると、ニュートリノが飛行中に別の種類に変わるニュートリノ振動の研究が可能となる。


(図3)スーパーカミオカンデ検出器
岐阜県飛騨市の神岡鉱山跡の地下1,000mに建設された、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の検出器で、T2K実験に加えて、宇宙から到来するニュートリノの観測や、いまだに未発見である陽子が崩壊する現象を捉える実験を行っている。5万トンの超純水が入る水槽(直径39.3m高さ41.4m)の内壁に、微弱なチェレンコフ光を捉える光検出器である光電子増倍管約11,200本が並べられている。


(図4)電子型ニュートリノ出現事象候補の例
円筒形をしたスーパーカミオカンデの3次元イベントディスプレイで、内壁に配置された光電子増倍管のうち、光を捉えたものに時間別の色をつけて表示している。電子型ニュートリノと水との反応によって発生した電子が引き起こす電子・陽電子シャワーが発したチェレンコフ光が、リング状に捉えられているのがわかる。なお、本事象は2012年3月、東日本大震災からの復旧の後に初めて得られた電子型ニュートリノ出現事象の候補である。


(図5)スーパーカミオカンデで観測されたビームに起因するニュートリノ事象の時間分布
 人工ニュートリノビームは約2.5秒に1回、およそ20万分の1秒のパルスとして発射されるが、その中に加速器に起因する8つの「バンチ」と呼ばれる微細な構造を持っている。この図は、スーパーカミオカンデで測定された、ビームに起因するニュートリノ事象の時間分布を示す。横軸の0の位置はビームの先端がスーパーカミオカンデに到着した時刻である。ビームバンチの構造がはっきりと見て取れる。


(図6)電子型ニュートリノ出現事象候補として検出された電子のエネルギー分布
観測された28事象の分布(エラーバーつきの黒点)は、背景事象による分布(緑)に電子型ニュートリノ出現現象の存在を仮定した場合に期待される事象分布(赤)を加えると、非常によく再現されることがわかる。


【本件に関する問い合わせ先】
T2K実験について
高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所
小林  隆 


J-PARC, KEK全般について
KEK素粒子原子核研究所 所長
山内 正則


後置検出器スーパーカミオカンデに関する学術的な質問
東京大学宇宙線研究所神岡素粒子研究施設
施設長 鈴木洋一郎 

J-PARCについて(報道担当)
J-PARCセンター広報セクション
セクションリーダー 坂元 眞一  

KEKについて(報道担当)
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室 報道グループリーダー 岡田小枝子

【用語解説】
※1 T2K実験
 J-PARCで作り出したニュートリノビームを、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にあるニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する長基線ニュートリノ振動実験。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられた。電子型ニュートリノの出現を発見することが最初の目的であり、今回の成果により実現された。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度をもち、アメリカ・イギリス・イタリア・カナダ・スイス・スペイン・ドイツ・日本・フランス・ポーランド・ロシアの11ヶ国、59の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験となっている。日本からは 大阪市立大学・岡山大学・京都大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・首都大学東京・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学Kavli IPMU・宮城教育大学 の総勢85名の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加している。

※2 ニュートリノ
 物質を構成する最小の単位である素粒子の一つで、クォークや電子の100万分の1以下の重さしかもたず、電気的に中性である。ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の三種類(世代)がある。
 
※3 電子型ニュートリノ出現現象
 ニュートリノの世代間に質量差があると、飛行中に世代が相互に移りかわって観測されるというニュートリノ振動現象が、牧・中川・坂田らによって1962年に予言された。ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の三世代があるので、それぞれの世代間で起こる三つのパターンの振動現象が起こりうる。ミュー型から電子型へと変化したところをとらえる出現現象を検出できれば、これまで唯一未発見であった第1~3世代間の振動の確率が得られるため、その発見に向けた研究が世界中で進められてきたが、これまでは検出されていなかった。電子型ニュートリノ出現現象は振動の前後でニュートリノの世代が同定されるので、CP対称性の破れにも感度がある。

※4 CP対称性の破れ
 物質と反物質の間で素粒子反応の性質が異なること。宇宙が反物質ではなく物質で構成される(物質優勢宇宙)ための必要条件の一つであり、レプトンのCP対称性の破れは非常に重要な鍵を握っている可能性がある。

※5 レプトン
電子や電子の仲間の粒子と、対応する中性のニュートリノからなる一群の粒子の名称。クォークと同じように6種類あり、e(電子)-νe(電子型ニュートリノ)・μ(ミュー粒子)-νμ(ミュー型ニュートリノ)・τ(タウ粒子)-ντ(タウ型ニュートリノ)と呼ばれる。クォークのu(アップ)-d(ダウン)・c(チャーム)-s(ストレンジ)・t(トップ)-b(ボトム)にそれぞれ1対1に対応しているとみられているが、クォークとレプトンの間に何故このような対称性が存在するのかよく分かっていない。クォークの場合と同様に、レプトンにも反粒子が存在し、特に電子の反粒子を陽電子という。

【リンク】

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>>神岡宇宙素粒子研究施設プレスルーム